文化的景観/キリスト教/先史時代 の世界遺産
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文化的景観/キリスト教/先史時代
端的に言うと文化遺産と自然遺産の境界に位置する遺産と言える。「自然と人間の共同作業」という語に要約される通り自然環境によって制約と影響を受けることで育まれた文化や景観を指すが、大きく以下の3種に大別される。
①意匠された景観:庭園・公園・宗教空間など、人間によって意図的に設計され想像された景観
②有機的に進化する景観:自然環境に対応して形成された景観。さらに「残存する景観」と「継続する景観」に分けられる
③関連する景観:自然がその地の民に大きく影響を与えることにより、宗教的・芸術的・文学的な要素と強く関連した景観
検索結果 376 件中 341〜360 件表示
並び順 :
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首都ソフィアの南約120kmの山奥に、10世紀に創設されたビザンチン様式の修道院。フレスコ壁画、イコン、精巧な木彫りなど数多くの宗教美術品が保存されていることでも知られている。15~19世紀オスマントルコに支配されていた時代にも、ギリシア正教を守り続け、19世紀の独立運動の中心地ともなった。
| 登録国 |
ブルガリア |
| 登録年 |
1983年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(vi)
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ポルトガル中部の、同国最大規模のキリスト教修道院。
14世紀にテンプル騎士団より改変されたキリスト騎士団が本拠地としたことで知られる。
サンタ・バルバラ回廊の大窓にはマヌエル様式の豪華な彫刻がなされている。
| 登録国 |
ポルトガル |
| 登録年 |
1983年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(i)
, (vi)
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-
リスボンの北約120kmに位置する、ポルトガル語で「戦い」を意味する街バターリャ。
14世紀に大国カスティーリャ王国軍と戦ったポルトガル王ジョアン1世軍は、奇跡的に勝利し、戦勝後この修道院が建設された。
ゴシックとマヌエル様式の融合した建築物という点で特徴的である。
| 登録国 |
ポルトガル |
| 登録年 |
1983年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(i)
, (ii)
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ロード・ハウ群島はオーストラリア領であり、タスマン海上、豪本土から東に600km程離れたロード・ハウ島をはじめとした大小28の島々。名前はイギリス海軍の提督、初代ハウ伯爵(リチャード・ハウ)に因んでいる。
ロードハウクイナをはじめとした固有の動植物が棲息しており、世界最南端のサンゴ礁もみられる。
| 登録国 |
オーストラリア |
| 登録年 |
1982年 |
分類 |
自然遺産
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| 登録基準 |
(vii)
, (x)
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インド洋に浮かぶセーシェル諸島の4つの島からなる遺産。
サンゴ礁が海面上に現れた環礁であり、アフリカ大陸から数百キロも離れた孤立した場所にあるため手つかずの自然と生態系が残された。
世界最大のリクガメの一種であるアルダブラゾウガメが生息している。
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ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3宗教の聖地であり多くの門を擁する城塞に囲まれた僅か1平方㎞の旧市街。未だ解決せぬ帰属問題と政治的背景からヨルダンよる代理申請という形が取られた異例の遺産である。この経緯から登録国は実在の国ではない「エルサレム」として扱われている。
ユダヤ教:嘆きの壁、キリスト教:聖墳墓記念聖堂、イスラム教:岩のドーム...
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カナダ西部の太平洋側、クイーンシャーロット諸島の一部であるアンソニー島。この島はグアイ・ハアナス国立公園の南端に位置する無人島だが、かつて先住民ハイダ族がいた痕跡が残る。
ハイダ族は北米大陸とユーラシア大陸が陸続きだった時代に渡ってきたモンゴロイド系の民族で、彼らの残したトーテムポールが無人のこの島に今も佇んでいる。
| 登録国 |
カナダ |
| 登録年 |
1981年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(iii)
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カナダ、アルバータ州のポーキュパイン・ヒルに位置する。
およそ6000年前から先住民ブラックフット族により行われていた独特な狩猟方法――バッファーローを断崖に追い詰めて突き落として仕留める、追い込み猟――の痕跡を残す遺産である。
ドライブレーンと呼ばれる崖へと通じる道などが確認できる。
| 登録国 |
カナダ |
| 登録年 |
1981年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(vi)
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ドイツ南西部のライン川沿いに位置するシュパイア大聖堂はコンラート2世が建設したドイツ・ロマネスク様式の聖堂であり、ハインリヒ4世が改築したことで知られる。
19世紀にはバイエルン王のルートヴィヒ1世の出資により壁画が製作された。
| 登録国 |
ドイツ |
| 登録年 |
1981年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(ii)
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フランス南部プロヴァンス地方、ロレーヌ川沿いの要衝として建設された街アルル。
古代ローマ時代にはプロヴァンス屈指の大都市として繁栄し、街の随所に円形闘技場、古代劇場、大浴場、地下回廊などの当時の遺跡が残されている。
また、古代遺跡のみならず中世の遺跡もみられ、特にサン・トロフィーム聖堂とそこに施された最後の審判の彫刻が著名。
| 登録国 |
フランス |
| 登録年 |
1981年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(ii)
, (iv)
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ブルゴーニュ地方コート=ドール県モンバール市内に位置するシトー会最古の修道院。
フランス革命時に多くの修道院が破壊されたが、本遺産は破壊を免れ、後に製紙工場として使われた。
現在は製紙工場は解体され修道院の姿を取り戻した。
| 登録国 |
フランス |
| 登録年 |
1981年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(iv)
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ミラノにあるこのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会は、15世紀半ばにドミニコ会の修道院として建てられた。改修を経てゴシック様式にルネサンス様式が加えられた。
食堂跡の壁に、レオナルド・ダ・ヴィンチが15世紀末に描いた『最後の晩餐』のフレスコ画が残る。第二次世界大戦中に爆撃で建物が一部破壊されたりもしたが、戦後徹底的な修復が行われ今日にその姿を残して...
| 登録国 |
イタリア |
| 登録年 |
1980年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(i)
, (ii)
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イタリア、ローマは紀元前1世紀から後5世紀にかけて地中海全域を支配したローマ帝国の首都であった。
帝政ローマの時代には神殿や劇場、闘技場など様々な大規模建造物が作られた。4世紀にコンスタンティヌス帝がキリスト教を公認すると、教皇の住まうカトリックの中心地としてキリスト教の聖堂群が建造された。
構成遺産はコロッセウム(コロッセオ)やパンテオン、フォロ・...
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エチオピア北東部に位置するアワッシュ川の下流域。
この地でアウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の化石人骨が見つかり「ルーシー」と名付けられ世界的に有名となった。
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エチオピア南西部、人骨化石が多数出土する地域。
人類に直結する種や、枝分かれしてそのまま絶滅した種も含めて何種類もが見つかっている。特にアウストラロピテクス種の数が多い。
ホモ・ハビリスの使用したとされる最古の打製石器も出土している。
| 登録国 |
エチオピア |
| 登録年 |
1980年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(iii)
, (iv)
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エチオピア南西部、南部諸民族州に位置するティヤは、先史時代から残る石碑が多数見つかった場所。
周辺では160以上が見つかっているが、登録対象になったのは36基の石碑である。
金属製の道具を使用して石を削っていたとみられている。
| 登録国 |
エチオピア |
| 登録年 |
1980年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(i)
, (iv)
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マルタ島東部のパオラで紀元前2500年頃に作られたとされる地下墳墓。
世界で唯一残る先史時代の地下墳墓である。
地下三層構造になっており、第二層からは「眠れる貴婦人像」と呼ばれる副葬品の小僧が見つかっている。
| 登録国 |
マルタ |
| 登録年 |
1980年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(iii)
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地中海のゴゾ島やマルタ島に築かれ、世界最古の石造建造物の一つとされる。周辺では先史時代の神殿が30以上も発見され、そのうち6つが登録範囲。
1980にまずゴゾ島にあるジュガンティーヤ神殿が世界遺産登録され、次いで1992年にマルタ島の5つの神殿が追加登録された。
| 登録国 |
マルタ |
| 登録年 |
1980年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(iv)
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ヴァレッタはマルタ島の首都になっている同国で最も重要な意味を持つ都市。
16世紀にイスラーム勢力によってロドス島を追われたヨハネ騎士団が、1565年マルタ島北東部に港町として築いた城塞都市であり、騎士団長ジャン・ド・ヴァレットに因んでその名が付けられた。
騎士団宿舎、宮殿、聖堂、大学などの建造物が残っている。
| 登録国 |
マルタ |
| 登録年 |
1980年 |
分類 |
文化遺産
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| 登録基準 |
(i)
, (vi)
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イタリア北部、ロンパルディア地方のカモニカ渓谷(ヴァルカモニカ)一帯にみられる壁画群。
先史人類が紀元前8000年辺りから紀元前1世紀にローマ帝国に侵攻されるまで8000年に渡り描き続けた。
滑らかな岩肌に約2400箇所、13万点以上が存在している。